アニサキスアレルギーの診断基準と検査値の解釈

はじめに
当クリニックでは近年、「魚を食べた後に蕁麻疹や呼吸困難が出た」「寿司の後に原因不明のアナフィラキシーを起こした」といった訴えをお持ちの患者さんが増えています。
こうした症状の背景には、魚そのものではなく、魚に寄生するアニサキスが原因となる「アニサキスアレルギー」が隠れていることが少なくありません。
アニサキスアレルギーは1990年に日本で初めて報告され、魚の生食習慣のある日本、韓国を中心にアジア地域で特に重要な食物関連アレルギーとなっています。
本記事では、アニサキスアレルギーの診断基準と検査値の解釈について、最新の研究エビデンスを踏まえて解説します。
アニサキスアレルギーとは
アニサキスアレルギーは、魚介類に寄生するアニサキスのアレルギーです。
典型的には魚介類摂取後、数時間以内に蕁麻疹、腹痛、嘔吐、喘鳴、血圧低下などの症状を呈し、重症例ではアナフィラキシーに至ります。
これは「胃腸アレルギー」とも呼ばれる症候群で、一般的な食中毒としてのアニサキス症(寄生虫による胃腸障害)とは区別されます。
近年の研究では、成人の食物アレルギー・アナフィラキシー原因としてアニサキスが大きな割合を占めることが明らかになっています。
最近、
サバやサンマ、アジ、カツオ、サケ、
アニサキスは食中毒(アニサキス症)の原因としてだけでなく、
興味ある例として、
養鶏では餌として魚粉が用いられており、
臨床症状と発症時間
アニサキスアレルギーを疑うきっかけとなる臨床症状と発症時間について理解することが、診断の第一歩となります。
典型的な症状パターン
- 皮膚症状:蕁麻疹、血管性浮腫、掻痒感(最も頻度が高い)
- 消化器症状:腹痛、嘔吐、下痢、吐き気
- 呼吸器症状:喘鳴、咳嗽、息切れ、喉頭浮腫
- 循環器症状:血圧低下、頻脈、めまい、意識障害(重症例)
発症時間帯の特徴
- 一般的な発症時間帯
- 数時間以内が最も多く、特に3~4時間程度での発症が典型的
- 中には10分ほどで急性症状が出る例もある
- 遅延発症例
- 文献によっては12時間以内の発症報告もみられるが、即時型アレルギーとしては比較的まれ
- 発症時間に影響する要因
- 摂取したアニサキスの量や活性度
- 個人の体質(特異的IgE値の高さに関連)
- 食後の運動、飲酒、NSAIDs(解熱鎮痛薬)などの誘発因子の存在
- 胃腸障害との鑑別
- 生きたアニサキスの胃粘膜穿入による「胃アニサキス症」は通常8~12時間後に発症
- アレルギーの腹痛は他のアナフィラキシー症状と同時に短時間で出現する点が特徴的
診断のアプローチ
アニサキスアレルギーの診断は、詳細な問診と適切な検査の組み合わせで行います。
経口負荷試験は倫理的・現実的に実施できないため、以下のアプローチで総合的に判断します。
1. 詳細な問診
- 生魚介類摂取歴(特に発症前24時間以内)と症状発現までの時間
- 摂取した魚種と調理方法(生食か加熱済みか)
- 同席者の発症有無(食中毒との鑑別)
- 症状の特徴と重症度
- 過去の類似エピソードの有無
- 加熱調理した魚での症状発現の有無(魚アレルギーとの鑑別)
2. 血清学的検査:特異的IgE検査を中心に
アニサキスアレルギー診断における最も重要なツールが、アニサキス特異的IgE抗体検査です。
しかし、その結果の解釈には注意が必要です。
IgE検査の基準値と解釈
- ImmunoCAP法による測定値
- 検出下限:0.35 kUA/L(このレベル以上で「陽性」と判定)
- 0.35~0.70 kUA/L:クラス1(弱陽性)
- 0.70~3.50 kUA/L:クラス2
- 3.50~17.5 kUA/L:怪しい
- 17.5~50 kUA/L:確定
- 50~100 kUA/L:クラス5
-
100 kUA/L:クラス6(強陽性)
- 採血に関する研究知見
- 7.9~8.0 kUA/Lが最適という報告もある
- 17.5 kUA/L超がアニサキスによるアレルギーと確定できる。
- 臨床的な解釈のポイント
- IgE値の絶対値が高いほどアレルギー発症の可能性が高い
- 低~中等度陽性(クラス1-2)では経験的にもほぼアレルギーじゃない。
- 高値では症状と合わせて診断的価値が高い
- 発症直後の検査では偽陰性の可能性(アニサキス感染から特異的IgE上昇まで6か月かかることがある)
交差反応の可能性と評価
アニサキス特異的IgEの解釈で重要なのが交差反応の評価です。特に以下の点に注意します:
- 他の線虫との交差反応
- 回虫感染歴による偽陽性
- 回虫IgEも同時測定し、「アニサキスIgE/回虫IgE比」が4.4以上であればアニサキス感作の特異度95%
- 節足動物との交差反応
- アニサキスのトロポミオシン(Ani s 3)はエビ・カニなど甲殻類やダニにも共通する汎アレルゲン
- エビやダニアレルギー患者でアニサキスIgE検査が偽陽性となる可能性
- 疑わしい場合はエビ・ダニ特異的IgEも測定して評価
3. 補助的検査法
- 皮膚プリックテスト(SPT)
- アニサキス幼虫抽出液を用いた皮内反応(昔は)
- 標準化抗原は市販されていないが、施設によっては自家調製
- 陽性反応は診断の補助となる
- 好塩基球活性化試験(BAT)
- 患者血液中の好塩基球をアニサキス抗原で刺激し活性化を評価
- 特異度100%・診断的的中率92.5%と非常に優れた成績
- 特異的IgE陽性例のセカンドレベル検査として有用
- ただし特殊機器と熟練を要するため一般診療では限定的
- コンポーネント診断(Component Resolved Diagnostics)
- Ani s 1(特異的、87%の患者で認識)
- Ani s 7(90%以上の患者でIgE陽性)
- Ani s 13(ヘモグロビン、高い特異性)
- これらの組換えアレルゲンに対するIgE測定で特異度向上
当クリニックでの診断
当クリニックでは以下の方法でアニサキスアレルギーの診断を進めています:
- 疑う契機
- 成人で魚介類(特に生魚)摂取後に蕁麻疹・全身症状を繰り返す
- 加熱済みの魚では症状が出ない・生魚でのみ発症する
- 特定の魚種に限定されない反応パターン
- 一次スクリーニング検査
- アニサキス特異的IgE測定
- 同時に魚肉(サケやマグロなど)に対する特異的IgEも測定
- アニサキスIgEが強陽性で魚IgEが陰性ならアニサキスアレルギーの可能性が高い
- 交差反応の評価
- 必要に応じて回虫IgEやエビ・ダニ特異的IgEを追加測定
- アニサキスIgEとの比率や相関を評価
- 診断の確定
- 臨床症状、問診情報、検査結果を総合的に判断
- アニサキスアレルギーと診断した場合、再発予防の指導
食物依存性運動誘発アナフィラキシー(FDEIA)との鑑別
アニサキスアレルギーを診断する際に紛らわしいのが、食物依存性運動誘発アナフィラキシー(FDEIA)との鑑別です。
- FDEIA:特定の食物摂取後に運動することで初めて発症する(食物単独では症状なし)
- アニサキスアレルギー:アニサキスを含む食品摂取のみで発症する(運動は必須条件ではない)
ただし、アニサキスアレルギーにおいても運動やアルコール摂取、NSAIDs服用などの副次的要因が症状を増悪させることがあります。臨床的には「症状発現の再現性と条件」で鑑別することが重要です。
症例解説
症例1:典型的なアニサキスアレルギー
40歳男性。居酒屋でサバの刺身を食べた約1時間後に全身の蕁麻疹と腹痛、呼吸困難が出現し救急搬送。以前にも生魚摂取後に同様の症状を数回経験。アニサキス特異的IgE検査でクラス5(62.8 kUA/L)と高値、魚肉(サバ、カツオ、マグロ)特異的IgEはすべて陰性。臨床症状と検査結果からアニサキスアレルギーと診断し、生魚の摂取を避けるよう指導。
症例2:交差反応が疑われるケース
35歳女性。刺身の盛り合わせを食べた後に蕁麻疹が出現。アニサキス特異的IgEがクラス2(1.8 kUA/L)と弱陽性。しかし詳しく問診すると幼少期に東南アジアに長期滞在歴があり、回虫IgEも陽性(3.2 kUA/L)。アニサキスIgE/回虫IgE比が0.56と低値で、回虫感染歴による交差反応が疑われた。さらに喘息とダニアレルギーの既往もあり、ダニIgEが強陽性。皮膚テストでは魚抽出液に弱い反応のみで、最終的に「アトピー素因のある患者の非特異的反応」と判断し、厳格な生魚回避は不要と判断した。
最新の研究動向
近年、アニサキスアレルギーの診断法は進化しています:
- 組換えアレルゲン診断の進歩
- Ani s 1、Ani s 7、Ani s 13などの特異的アレルゲン分子を用いた診断精度向上
- 従来の抽出物抗原より交差反応が少なく、特異度が高い
- 疫学研究の蓄積
- スペインの住民検診:一般人口の約12.6%がアニサキス特異的IgE陽性
- 日本でも全国実態調査が進行中
予防
アニサキスアレルギーと診断された患者さんには以下の指導が重要です:
- 魚介類摂取を避ける
- 新鮮な魚でも寄生虫は存在するため、「新鮮だから大丈夫」は通用しない
- どの魚にアニサキスがいるかは不明。寿司、刺身、塩漬け、酢締め、マリネなど魚料理は避ける
まとめ
アニサキスアレルギーは、日本を含むアジア地域で重要なアレルギー疾患です。
診断には特異的IgE検査を中心に据えつつも、その限界を理解し、臨床症状や問診情報と組み合わせた総合的判断が求められます。
特異的IgEの解釈では、一般的に行われている単純な陽性・陰性の二分法ではなく、値の程度や交差反応の可能性、臨床像との整合性を考慮することが重要です。
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